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クルマの偉人伝 6| ウォルター・ハンコック:蒸気馬車の先駆者、その知られざる挑戦と挫折

■はじめに|19世紀ロンドンを走った「蒸気バス」の夢

現代の自動車産業が成立する遥か以前、蒸気の力で走る車両がロンドンの街を駆け抜けていた時代があった。その先駆者の一人が、 ウォルター・ハンコック(Walter Hancock, 1799–1852)である。彼は産業革命後期のイングランドにおいて、蒸気馬車=「Steam Carriage」による公共交通の実用化を試みた数少ない技術者だった。

本記事では、ウォルター・ハンコックの生涯と蒸気バス開発の背景を、同時代の社会事情や法制度と照らし合わせながら丁寧に検証する。なお、ここでは自動車史ではなく、「蒸気馬車技術」と「都市交通の黎明」に焦点を絞る。

■略歴と人物像|ウィルトシャー州マー​​ルボロ出身の技術者

ウォルター・ハンコックは1799年6月16日、イングランド南西部のウィルトシャー州マー​​ルボロに生まれた、父、木材商兼家具職人のジェームズ・ハンコックと母、ベティ・ハンコック(旧姓コールマン)の六男でした。ハンコック家は18世紀から19世紀にかけてイギリスで名声を博した一族で、科学、芸術、そして産業への貢献で知られています。

兄はゴム製造技術の先駆者であるトーマス・ハンコック(Thomas Hancock, 1786–1865)で、弟ウォルターもまた発明家としての道を歩む。

1824年頃、ハンコックはロンドン東部ストラットフォードに工房を構え、蒸気動力による車両製作を本格的に開始。蒸気ボイラーや複合シリンダー機構など、当時としては先進的な工学設計を行った。

彼の蒸気車には「Infant(1831)」「Enterprise(1833)」「Automaton(1834)」などの名称が付けられ、定期的な旅客輸送が試みられた²。特にAutomaton号は最大10名の乗客を乗せ、ロンドン市内を実際に走行したという記録が残る。

■蒸気馬車の技術と運行記録|安全設計と実証実験の先駆け

ハンコックの蒸気車の最大の特徴は、1827年に取得した「分割式ボイラー」の安全設計にある³。これは複数の小型チューブを束ねた構造で、高圧時に破裂しても部分的にエネルギーが逃げる設計だった。

また、車体には軽量構造と低重心設計が採用され、曲がりくねった市街路や勾配のある道路でも安定して走行できる点が高く評価された。最高速度は時速12~15マイル(約19~24km/h)で、これは当時の馬車に匹敵する水準であった。

ハンコックは1831年~1836年の間に700回以上の運行を行い、延べ12,000人超の乗客を輸送⁴。記録として残っている中では、初の「定期運行型蒸気バス」の実施者と見なされている。

■挫折と功績|蒸気公共交通の夢と、制度の壁

技術的には一定の完成度を持ち、乗客にも好評を得たハンコックの蒸気馬車だが、彼の夢は長く続かなかった。背景には、当時のイギリスの保守的な道路交通法制度(Turnpike Acts)の存在がある。

蒸気車両は高額な道路使用税を課され、さらに事故時の責任範囲が曖昧で、地方議会からの圧力もしばしば発生した。馬車業者の反対運動も強く、1830年代後半には蒸気馬車は都市から姿を消すこととなる。

ハンコックは1840年代以降、蒸気車から手を引き、1852年に逝去。だが彼の挑戦は、のちに鉄道網が整備され、バスやトラックの原型が形成される過程において、技術・制度・都市設計の重要な前史となった。

■まとめ|ウォルター・ハンコックの蒸気バスは何を遺したか

ウォルター・ハンコックは、「道路上を走る蒸気動力による旅客輸送」という概念を、単なる実験ではなく、公共交通システムとして実行に移した初の人物であった。彼の蒸気バスは都市交通の黎明における重要な一里塚である。

ハンコックの蒸気車が制度の壁に阻まれた事実は、技術の革新だけでなく、インフラ・法制度・社会意識が一体となって進化しなければ未来は拓けないという歴史の教訓を今に伝えている。

📅 年表|ウォルター・ハンコックの活動概要

  • 1799年:ウィルトシャー州マー​​ルボロにて出生
  • 1824年:ロンドン東部ストラットフォードに工房を設立
  • 1827年:分割式ボイラーの安全設計で特許取得
  • 1831年:「Infant」号による蒸気車運行を開始
  • 1833年~1836年:「Enterprise」「Automaton」号など複数台を製作・運行
  • 1840年以降:制度上の障壁により蒸気車事業から撤退
  • 1852年:死去(享年52歳)

📚 参考文献一覧

  • ¹ Dictionary of National Biography, Vol. 25, Oxford University Press.
  • ² Science Museum Group Collection: Walter Hancock, Steam Coach Archives
  • ³ Hancock, W. (1827), “On the Safety Boiler Construction,” British Patents Archive.
  • ⁴ “Steam Carriage Operation Records, 1831–1836”, London Transport Archives
  • Wikipedia: Walter Hancock

❓FAQ(よくある質問)

Q1. ウォルター・ハンコックは自動車の発明者ですか?
いいえ。彼は蒸気動力による馬車(Steam Carriage)の技術者であり、ガソリン車や近代自動車とは異なります。
Q2. 蒸気バスは商業的に成功したのですか?
短期的には注目を集めましたが、制度的・法的制約により事業継続は困難でした。
Q3. 技術的に優れていた点は?
分割式ボイラーによる安全設計、軽量車体、運転安定性などが当時としては先進的でした。
Q4. 現存する蒸気車はありますか?
現存車両は確認されていませんが、設計図・模型・記録は博物館等に保管されています。
Q5. 兄のトーマス・ハンコックとの関係は?
トーマスはゴム加硫技術の先駆者で、ウォルターとは別分野ながら同時代の技術革新を支えました。

👉 この人物が登場する時代の歴史はこちら → 第3回|1820〜1830年代の自動車史:ガーニーとハンコックの蒸気自動車革命

meta description:蒸気バスの実用化に挑んだウォルター・ハンコックの技術と夢を、19世紀ロンドンの社会背景とともに読み解く。

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