広告 トヨタ (TOYOTA)

第6部 トヨタ物語|2010-2025年:CASE戦略とWoven Cityで描くモビリティ革命

■はじめに|100年に一度の大変革期とトヨタの戦略転換

2010年代以降、自動車産業は「100年に一度の大変革」と呼ばれる構造的変化に直面している。この変化を牽引するのがCASE(Connected・Autonomous・Shared・Electric)と総称される技術革新である¹。

トヨタ自動車の豊田章男元社長(当時)は、2018年1月のCES(Consumer Electronics Show)において「私たちは、モビリティカンパニーにフルモデルチェンジします」と宣言し、従来の自動車メーカーから「モビリティカンパニー」への転換を明確に表明した²。

この転換は単なるスローガンではない。豊田元社長は「コネクテッド、自動化、シェアリング、電動化といった技術革新によってクルマの概念が大きく変わり、競争の相手も競争のルールも大きく変化している」と述べ、産業構造そのものの変革に対応する必要性を強調した。

本記事では、この大変革期におけるトヨタの戦略的対応、特に2020年に発表された実証都市「Woven City」構想を中心に、同社のCASE戦略の全貌を検証する。公式発表資料と技術文書に基づく分析により、トヨタがどのように自動車産業の未来を描き、実現に向けて取り組んでいるかを明らかにしたい。

🚗 トヨタのCASE戦略概要

CASE戦略は、従来の「モノ売り」から「サービス・プラットフォーム」への事業モデル転換を意味する革新的アプローチである。トヨタは「仲間づくり」「社会課題の解決」をキーワードに、モビリティサービスプラットフォーマーとしてのビジネスモデル変革に挑んでいる。


■CASE戦略の具体的展開と技術革新

Connected(コネクテッド):全方位データ連携戦略

トヨタのコネクテッド戦略は、車両から収集される膨大なデータを活用したサービス展開を軸としている。T-Connectサービスを皮切りに、車両状態監視、交通情報提供、予防整備提案まで幅広いサービスを展開。

2019年には「データとAIで拓く未来のモビリティサービス」をテーマに、コネクテッドサービスの将来像を提示し、データ駆動型サービスの重要性を明確に示している。

Autonomous(自動運転):段階的実用化アプローチ

トヨタの自動運転戦略は、Toyota Teammate Conceptの下、人とクルマが「仲間のように支え合う」関係性を重視するアプローチを採用している³。2016年に米国カリフォルニア州に**Toyota Research Institute(TRI)**を設立し、5年間で10億ドルの投資を行って人工知能・自動運転技術の研究を本格化した⁴。

2018年3月には、**TRI-Advanced Development(TRI-AD)**を東京に設立し、自動運転の実用化に向けた開発を加速⁵。2021年4月には「Advanced Drive」を搭載したレクサスLSとMIRAIを発売し、高速道路でのレベル2+相当のハンズオフ運転を実現した⁶。

Shared(シェアリング):MaaSプラットフォーム構築

2018年10月にソフトバンクとの合弁会社「MONET Technologies」を設立し、モビリティサービス事業に参入。移動・物流・物販を組み合わせた新しいサービスの創出を目指している。

Electric(電動化):マルチパスウェイ戦略

トヨタの電動化戦略は「マルチパスウェイ戦略」と呼ばれ、HV・PHV・BEV・FCVの全方位展開を特徴とする。2021年12月のバッテリーEV戦略説明会では、2030年までにBEV世界販売350万台を目指すことを発表し、全固体電池の実用化にも言及した。

⚙️【CASE戦略展開年表:2016-2025】

年月項目主要内容
2016年1月TRI設立カリフォルニア州に10億ドル投資で設立
2018年1月モビリティカンパニー宣言CES 2018で豊田章男社長が変革宣言
2018年3月TRI-AD設立東京に自動運転開発会社設立
2018年10月MONET設立ソフトバンクとの合弁でMaaS事業参入
2020年1月Woven City発表CES 2020で実証都市構想公表
2020年7月Woven Planet Holdings設立TRI-ADを再編、3社体制へ
2021年4月Advanced DriveLS・MIRAIにレベル2+自動運転搭載

■Woven City構想:モビリティテストコースとしての実証都市

構想発表から着工まで:2020-2021年の軌跡

Woven City構想は2020年1月7日、米国ネバダ州ラスベガスのCES 2020で豊田章男社長により発表された。建設地はトヨタ自動車東日本東富士工場(静岡県裾野市)の跡地で、約70.8万㎡(175エーカー)の範囲での街づくりを計画している⁷。

2021年2月23日には地鎮祭を実施し、川勝平太静岡県知事や髙村謙二裾野市長など地元関係者を迎えて本格的な建設工事を開始した⁸。

技術的コンセプト:「織る」都市設計思想

Woven City(ウーブン・シティ)の名称は、トヨタの原点である「織機産業」から着想を得ている。デンマークの建築家ビャルケ・インゲルス氏が設計を担当し、異なる種類の道を「織り込む」ような3層構造の道路網を特徴とする。

ビャルケ・インゲルス(Bjarke Ingels)                                                                 GSAPPstudent, CC BY-SA 4.0, ウィキメディア・コモンズ経由で

道路は以下の3つのカテゴリーで構成される:

  • スピードウェイ:自動運転車専用道路(時速60km以下)
  • プロムナード:歩行者とパーソナルモビリティ専用
  • パークウェイ:緑地と歩行者空間

実証実験の内容:「人・クルマ・社会」の統合検証

Woven Cityは「実証都市」として位置づけられ、研究者やトヨタの従業員、その家族など約360人が最初の住民として生活しながら新技術の実証実験に参加する予定である。

主要な実証項目:

  1. 自動運転技術:e-Palette等の次世代モビリティ
  2. AI・ロボティクス:生活支援ロボット・IoTデバイス連携
  3. エネルギーマネジメント:水素・太陽光の統合システム
  4. スマートホーム:センサー・AI統合住環境
  5. ヘルスケア:予防医療・ウェルネス管理システム

📊【Woven City開発スケジュール】

フェーズ期間主要マイルストーン
構想・設計2018-2020年CES 2020発表、基本設計完了
着工・建設2021-2024年地鎮祭、Phase1建築完了
実証開始2025年秋~オフィシャルローンチ、段階的入居開始
本格運用2026年~2,000人規模のコミュニティ形成

■技術革新と事業戦略:ソフトウェア・デファインド・ビークル(SDV)への転換

ソフトウェア・ファースト戦略の背景

従来のハードウェア中心の自動車産業から、ソフトウェア・デファインド・ビークル(SDV)への転換は、トヨタのCASE戦略の核心である。豊田章男元社長は「競合がアップルやグーグルといったプラットフォーマーに変わった」と述べ、自動車産業の競争軸の変化を認識していることを示した。

Woven Planet Holdings:技術開発の中核組織

2020年7月に設立されたWoven Planet Holdings株式会社は、トヨタの先端技術開発を統括する中核組織として機能している⁹。同社は自動運転技術のWoven Core、AI・機械学習のToyota Research Institute、地図データのWoven Planet Levelの3社体制で運営され、Woven Cityの都市OS開発も担当している。

パートナーシップ戦略:オープンイノベーションの実践

トヨタのCASE戦略は、自社完結型ではなく、幅広いパートナーシップによるオープンイノベーションを特徴とする。

主要パートナーシップ一覧:

  • ソフトバンク:MONET Technologies(MaaSプラットフォーム)
  • NTT:スマートシティプラットフォーム開発(2020年3月業務資本提携)
  • ENEOS:水素エネルギーインフラ構築
  • ビャルケ・インゲルス・グループ(BIG):都市設計・建築

研究開発投資の規模:数値で見る戦略的コミット

トヨタの2024年3月期研究開発費は1兆2,827億円で、このうちCASE関連分野への投資が相当な比重を占めている¹⁰。また、TRIへの5年間10億ドル投資、Woven Cityへの数百億円規模の投資など、戦略分野への積極的な資源配分を継続している。


■まとめ|モビリティカンパニーとしての新たなトヨタ

CASE戦略の統合的意義

2010年代以降のトヨタは、CASE戦略を通じて「製造業からサービス・プラットフォーム企業」への根本的転換を推進している。この変革は単なる技術革新ではなく、「Mobility for All」の理念実現に向けた社会インフラ企業への進化を意味する。

豊田章男元社長の「自動車をつくる会社からモビリティを提供する会社になる」という言葉は、この変革の本質を端的に表している。従来の車両販売ビジネスから、移動・物流・エネルギーを統合したプラットフォーム事業への転換は、100年間続いた自動車産業の事業モデルからの根本的な脱却である。

Woven Cityが示す未来像

Woven Cityでの実証は、単なる技術検証の枠を超えた「人間中心のモビリティ社会」実現への取り組みである。「この地球上で暮らすあらゆる人が、自分らしく生きていける社会」の実現を目指すWoven Cityは、トヨタのビジョンを具現化した実験場として機能する。

2025年秋の本格稼働により、自動運転、AI、ロボティクス、IoT、エネルギーマネジメントなど複数の先端技術が統合された「リビングラボ」として、世界初の包括的な実証実験が開始される予定である。

持続可能な成長への道筋

トヨタのCASE戦略は、単なる技術革新ではなく、社会課題解決型ビジネスモデルの確立を目指している。カーボンニュートラル実現、交通事故死傷者ゼロ、すべての人への移動の自由の提供など、社会的価値の創造と企業価値の向上を両立させる戦略的アプローチである。

2025年秋のWoven City本格稼働を控え、トヨタの「モビリティカンパニー」としての真価が問われる重要な段階を迎えている。CASE技術の統合と実証を通じて、トヨタが描く「持続可能なモビリティ社会」の実現に向けた歩みは、自動車産業全体の未来を左右する試金石となるだろう。


❓FAQ|よくある質問

Q1. CASE戦略とは具体的にどのような内容ですか?
A1. Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)の4つの技術革新分野を統合した戦略で、従来の自動車製造業からモビリティサービス・プラットフォーム企業への転換を目指すものです。トヨタは2018年のCESでこの戦略に基づく「モビリティカンパニー」への変革を宣言しました。

Q2. Woven Cityの建設地と規模はどの程度ですか?
A2. 静岡県裾野市のトヨタ自動車東日本東富士工場跡地に建設され、面積は約70.8万㎡(175エーカー)です。第1フェーズでは約360人、将来的に約2,000人の居住を計画しており、2025年秋にオフィシャルローンチ予定です。

Q3. トヨタの電動化戦略はEV一辺倒ではないのですか?
A3. いいえ。トヨタは「マルチパスウェイ戦略」を採用し、HV(ハイブリッド)、PHV(プラグインハイブリッド)、BEV(バッテリーEV)、FCV(燃料電池車)すべての技術を並行開発し、地域や用途に応じた最適解を提供する方針です。2021年12月の発表では、2030年までにBEV世界販売350万台を目標としています。

Q4. Woven Planet Holdingsの役割は何ですか?
A4. 2020年7月に設立されたトヨタの先端技術開発を統括する中核組織で、自動運転技術、AI・機械学習、地図データ開発の3社体制で運営されています。Woven Cityの都市OS開発も担当し、ハードウェア中心からソフトウェア・デファインド・ビークル(SDV)への転換を推進しています。

Q5. トヨタがパートナーシップを重視する理由は?
A5. CASE技術は従来の自動車技術の範囲を大きく超えるため、IT、通信、エネルギー、都市設計など多様な専門分野との連携が不可欠です。豊田章男元社長が「仲間づくり」を重要視し、オープンイノベーションにより単独では実現困難な統合的ソリューションの開発を目指しています。


参考文献一覧

¹ トヨタ自動車「100年に一度の大変革」プレスリリース(2018年1月)
² トヨタ自動車「CES 2018 Press Conference」豊田章男社長基調講演(2018年1月9日)
³ Toyota Research Institute「Toyota Teammate Concept」技術文書
⁴ トヨタ自動車「Toyota Research Institute設立」ニュースリリース(2016年1月)
⁵ トヨタ自動車「TRI-Advanced Development設立」ニュースリリース(2018年3月)
⁶ トヨタ自動車「Advanced Drive搭載車発売」ニュースリリース(2021年4月)
⁷ トヨタ自動車「コネクティッド・シティ」プロジェクト発表資料(CES 2020)
⁸ トヨタ自動車「Woven City地鎮祭」ニュースリリース(2021年2月)
⁹ Woven Planet Holdings「会社概要」公式ウェブサイト
¹⁰ トヨタ自動車 有価証券報告書(2024年3月期)研究開発費

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