8.クルマの偉人伝 |ジークフリート・マルクスとは?|自動車の歴史を変えた“もう一人の発明者”

ジークフリート・マルクス(1831-1898)
出典:オリジナルのアップロード者はドイツ語版ウィキペディアのNewfoundlanddogさん, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

はじめに

「世界初の自動車を作ったのは誰か?」

多くの人はそう聞かれると、カール・ベンツと答えます。
しかし実は、その約20年前に「すでにガソリンで走る車を作っていた人物」がいたことは、あまり知られていません。

その人物こそ、ジークフリート・マルクスです。

もしこの説が正しければ、自動車の歴史は大きく書き換わる可能性があります。
本記事では、この“知られざる先駆者”の実像を、事実ベースでわかりやすく解説します。

💡 一言で説明すると
ジークフリート・マルクスは「ベンツより先にガソリン車を作った可能性がある発明家」です。


■ 生涯と経歴

職人の少年から、ウィーンの発明家へ

ジークフリート・ザムエル・マルクス(Siegfried Samuel Marcus )は、1831年9月18日、メクレンブルク=シュヴェリーン大公国(現在のドイツ北部)のマルヒンという小さな町に生まれました。当時のマルヒンはドイツ統一以前の地方都市であり、のちに「ドイツ生まれのオーストリアの発明家」として知られることになるマルクスの出発点となった場所です。

メクレンブルク=シュヴェリーン大公国の位置(19世紀ドイツ)
出典:ZH2000, CC BY-SA 2.5 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.5, ウィキメディア・コモンズ経由で

12歳で機械工の見習いとして働き始め、17歳になるとシーメンス&ハルスケという電信線建設会社に入社しました。この会社はのちに世界的な電機メーカー「シーメンス」へと発展する企業の前身であり、若きマルクスが最先端の技術環境に触れる機会を得た場でもありました。

その後ウィーンへ移り、1852年には医学部の物理研究所で技師として勤務。さらに生理学者のルートヴィヒ教授のもとで助手を務めた後、1860年には機械・電気機器の製造工場を自ら立ち上げ、生涯にわたってその事業を続けました。

ウィーンでの活躍と多彩な発明

マルクスはウィーン時代に膨大な数の発明を残しています。その特許数は16か国131件にのぼり、電灯・マグネト点火システム・爆破装置など多岐にわたりました。また、皇后エリザベートの寝室に初の電気ベルを設置し、不運な皇太子ルドルフに自然科学の個人教授をするなど、宮廷とも深い関わりを持ちました。¹

自動車のみならず、電気・通信・光学・軍事技術と幅広い分野で活躍したマルクスは、まさに19世紀ウィーンを代表する発明家の一人だったといえます。

📊 基本プロフィール

項目内容
生年月日1831年9月18日
没年月日1898年7月1日
出身メクレンブルク=シュヴェリーン大公国マルヒン(現ドイツ)
活動拠点ウィーン(オーストリア)
主な専門電気工学・機械工学・内燃機関
特許数約76〜131件(複数国、資料により異なる)¹

■ 本文

第1車(1864年頃):世界で初めてガソリンで走った車

マルクスが最初の自走車を作ったのは1864年頃とされています。当時オーストリア領の一部だった地域で石油の精製が始まり、その副産物としてガソリンが生まれていました。マルクスはガソリンと空気の混合気体に点火すると爆発的なエネルギーが生まれることを発見し、これを動力源として活用することを思いつきました。²

この第1車は、4輪の荷台(カート)に2ストローク内燃機関を取り付けたシンプルな構造でした。起動方法は、後輪を地面から持ち上げて手で回転させ、勢いがついたところで地面に降ろすというもので、クラッチは存在しませんでした。マルクスはこれを不十分と判断してすぐに解体しましたが、その走行距離は約500フィート(約150メートル)に及んだとされています。²

この第1車の年代については、後述するように諸説あり、現時点で確定的な結論は出ていません。ただし主要な一次資料(ブリタニカ百科事典・ASMEの公式記録など)は1864年説を採用しています。³

👉 かんたんに言うと
「エンジンを積んだ台車が少しだけ自分で走った」というイメージです。

なお、第1車は試作段階で解体されたため、当時の写真は残っていません。
現在知られている姿は、後年の記録や研究をもとにした推定に限られています。

第2車(1875年頃):現存する世界最古のガソリン車

マルクスの現存する車両は第2車です。1875年頃に製作されたとされており、4ストローク内燃機関を搭載した最初の乗り物であり、ガソリンを燃料とした最初の車両でもあると評価されています。また、ガソリンエンジン用の最初のキャブレター(気化器)と、最初のマグネト点火装置を備えていたことも特筆されます。³

この車両は現在、ウィーンの工業・貿易技術博物館(現ウィーン技術博物館)に保存されており、現存する世界最古のガソリン自動車と考えられています。1949〜50年に整備が行われ、時速約8キロメートルで走行できることが確認されました。¹

ウィーン技術博物館にあるジークフリート・マルクスの2台目の車
出典:Herbert Ortner, CC BY 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0, ウィキメディア・コモンズ経由で

⚙️ 第2マルクス車の主要スペック

項目内容
製作年1875年頃(諸説あり)
エンジン型式4ストローク水冷単気筒
排気量約1,570cc(シリンダー径100mm×ストローク200mm)
燃料ガソリン(ベンジン)
点火方式マグネト電気点火
最高速度約8〜16 km/h(資料により異なる)
現在の保管場所ウィーン技術博物館(オーストリア)

点火技術への貢献:自動車史が忘れた功績

マルクスが自動車史に残した最も確実な貢献のひとつが、電気点火システムの開発です。1883年、ドイツで低電圧点火マグネトの特許を取得し、この設計がその後のすべての内燃機関エンジンの基礎となりました。³

この「電気点火エンジン」はオーストリア海軍に「ウィーン式点火」として採用され、プロイセン軍・ロシア軍の先駆的部隊にも導入されました。マルクスが自動車の特許をひとつも申請しなかった一方で、この点火技術の特許は彼に最大の経済的利益をもたらしたといわれています。⁴

ジークフリート・マルクスが開発したエンジン(1887年)
出典:不明Unknown author, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

マルクスとベンツ:何が評価を分けたのか

マルクスは自動車に関する特許をひとつも申請しませんでした。それでも彼は、ガソリンで車を走らせた最初の人物である可能性が高い存在です。

📊 マルクスとベンツの比較

比較項目ジークフリート・マルクスカール・ベンツ
最初の試作1864年頃(諸説あり)1885年
燃料ガソリンガソリン
自動車特許なし(取得せず)あり(1886年取得)
商業化なしあり(1888年頃〜)
走行記録不完全明確
現存車両第2車が現存(ウィーン)現存(ドイツ博物館等)

評価の差を生んだ最大の要因は商業化と特許の有無です。ベンツは1886年に特許を取得し、妻ベルタの有名な長距離走行(1888年)によって実用性を世界に証明しました。一方マルクスは発明を「研究と実験」として行い、産業化への関心が薄かったといわれています。特許を取得しなかったことで、彼の設計は事実上パブリックドメインとなり、他者が模倣する障壁はなかった反面、独占的な普及を促す動機も生まれませんでした。⁵

つまり、マルクスは「発明はしたが広めなかった人」、
ベンツは「発明を社会に広めた人」と言えます。

この違いが、そのまま歴史の評価の差につながりました。

年代論争:本当にベンツより前なのか

マルクスの評価が「確定しない」もうひとつの理由が、年代をめぐる研究者間の論争です。

現在ウィーン技術博物館に保存されている車両(第2車)が実際に走行したのは1890年以前かどうか不明とする見方もあります。一部の研究者は、1888〜1889年に製作された第2車の記録が、1870年に製作した別の車両(第1車)の記録と混同されて伝わったとする「マルクス神話」説を唱えています。³

一方でブリタニカ百科事典やASMEの公式記録は、1864年の第1車と1870年代の第2車という区別を採用しています。この年代論争は、マルクスをめぐる記録の一部が失われたことも関係しており、現在も決着はついていません。

👉 まとめると
「マルクスが本当に最初かどうかは、まだ決着がついていない」というのが現在の結論です。


■ まとめ

忘れられた先駆者の再評価

ジークフリート・マルクスは、1864年頃にウィーンで世界初のガソリン動力車を試作し、点火技術の特許を多数残した発明家です。彼がいなければ、その後の内燃機関の発展はもう少し遅れていたかもしれません。

歴史の主役にならなかった理由は明確です。自動車の特許を申請しなかったこと、商業化を目指さなかったこと、そして走行年代の記録が不完全であること。これらの条件が重なり、カール・ベンツが「自動車の父」として定着する中で、マルクスの名は長く忘れられていきました。

それでも現在、ウィーン技術博物館には彼の第2車が現存し、エンジンを動かすことのできる世界最古のガソリン自動車として静かに来館者を迎えています。歴史の教科書には載らなくても、その鉄と真鍮の車体が、マルクスが確かに存在した証拠を今も伝え続けています。🔧

👉 もしマルクスの説が完全に証明されれば、
「自動車の父」は別の人物になっていたかもしれません。

では、なぜカール・ベンツは歴史に名を残せたのか?
次はその理由を解説します。


❓ FAQ

Q1. ジークフリート・マルクスはいつ、どこで生まれましたか?

A. 1831年9月18日、メクレンブルク=シュヴェリーン大公国マルヒン(現在のドイツ北部)に生まれました。主にウィーンで活動し、1898年に同地で没しています。

Q2. マルクスの車はベンツより本当に先だったのですか?

A. 第1車の製作年が1864年という説が正しければ、ベンツの特許(1886年)より約20年先行します。ただし走行年代をめぐる論争が続いており、「確定した事実」とはいえない状況です。主要学術機関はこの問題を「未解決」として扱っています。

Q3. マルクスの車は今も見ることができますか?

A. はい。第2車(1875年頃製作)がオーストリア・ウィーンのウィーン技術博物館(Technisches Museum Wien)に現存・展示されており、現存する世界最古のガソリン自動車とされています。

Q4. なぜマルクスは自動車の特許を申請しなかったのですか?

A. 明確な理由は記録されていませんが、マルクスは自動車を商業的な事業とは捉えず、あくまで「発明と研究」として取り組んでいたとみられています。他の分野では多数の特許を取得しており、申請能力に問題があったわけではありません。

Q5. マルクスはガソリン車以外にどんな発明をしましたか?

A. 電灯(1877年)、マグネト点火装置、電気ベル、電信中継機、軍艦の艦砲一斉射撃システムなど、複数の分野にまたがる約76〜131件の特許を取得しています。電気・通信・軍事技術にも大きな足跡を残した総合的な発明家でした。


📖 次に読むべきテーマ:→【カール・ベンツとは?なぜ“自動車の父”になれたのか】


参考文献一覧

  1. Britannica, "Siegfried Marcus", https://www.britannica.com/biography/Siegfried-Marcus(2024年確認)
  2. Wikipedia, "Siegfried Marcus", https://en.wikipedia.org/wiki/Siegfried_Marcus
  3. ASME Engineering History Landmarks, "Siegfried Marcus Car", https://www.asme.org/about-asme/engineering-history/landmarks/203-siegfried-marcus-car
  4. Alfred Buberl, Die Automobile des Siegfried Marcus, Edition Tau, Bad Sauerbrunn, 1994
  5. Gustav Goldbeck, Siegfried Marcus, das Leben eines Erfinders, Düsseldorf, 1961
  6. Ursula Bürbaumer, Das erste Auto der Welt?, Vienna: Erasmus, 1998
  7. Horst Hardenberg, Siegfried Marcus, Mythos und Wirklichkeit, DaimlerChrysler Konzernarchiv, 2000
  8. Hebrew History Federation, "Siegfried Marcus – An Uncredited Inventive Genius", https://hebrewhistory.info/factpapers/fp032-1_marcus.htm
  9. Amusing Planet, "Siegfried Marcus: The Forgotten Inventor of The Automobile", 2024
  10. Österreichisches Biographisches Lexikon, Austrian Academy of Sciences
  11. Dinglers Polytechnisches Journal(19世紀発行、マルクス関連記事複数)
  12. Journal of the Viennese Society for Electrotechnology(1883年以降、マルクス関連記事16本)
  13. Grokipedia, "Siegfried Marcus", https://grokipedia.com/page/Siegfried_Marcus, 2026